【環境保護】エコロジーとかフットプリントのお話

NHKで特集があったのだけれど、最近、「エコロジー」とか「環境保護」という単語を色々なところで見受けるわけですが、結局のところ、人間の社会とか生活の視野の範囲でのエコ活動でしかないという事が現実問題があるようです。

つまり人間界のエコロジー対策では、地球の環境破壊を直すことには、いつまでもたどり着けそうも無いという。
まずは自然界の中の人間界という視野が必要だという。

人間は、生きるために「食べる」というだけでは飽き足らず、人間の社会を構築する為に、色々な物を開発しそれを利用し始めた。

結果として、自然界には存在しない化学物質を排出してしまったり、プラスチックゴミを埋め立てたり、畑を作る為に沢山の森を伐採してしまっている。

日本人は関係無いようでも、その生活の資材などは殆どを輸入に頼っている現状がある。

つまり、私達の生活には、それに対する犠牲があって初めて成り立っているという。

『エコロジカル・フットプリント』という単語を初めて耳にしたのだが、日本人は一人当たり「4.3ヘクタール」と東京ドーム1個分の範囲を踏んでいる計算になり、世界の人口から換算すると、「地球の1.2個分」を踏んでいる事になるという。

つまり、すでに人間の営みは地球の限界を既に超えているのだということになる。

にもかかわらず、環境汚染は止まらないし、世界の人口は年に1億人ずつ増え続けている。

エコバックという、スーパーに買い物袋を持って行って、ビニール袋の使用を減らそうという取り組みが行われている。

しかしながら、スーパーとかが率先してそれに取り組んでいる背景というのは、原油の価格高騰とか、コスト削減が企業側にメリットがあるからというのを知っていても誰も言わない。

スーパーに並ぶ食品や商品のトレイや包装を減らすという取り組みは余り聞かない。

スーパーやなんかで生ゴミを堆肥に変える機械の導入も、企業ゴミを出すより安いからでは無いのか。

政府も「クーラーの設定温度を一度上げましょう」とか市民には言うが、

企業に「ゴミの元の包装を減らす努力をしましょう」とは言えないのか言わない。

政治や戦争にはどの国も沢山のお金を使うのに、環境保全にはどの程度割り当てられているのだろう。

先のNHKの特集の放送では、元・宇宙飛行士の言葉が紹介されていて、
「宇宙から見た地球は、一つ一つの国という概念ではなく、既に一つの地球に住む者という風に見えたのです」
と言っていた。

地球を1メートル四方に例えると、わずか1ミリほどの幅に人間は生活をしていて、この幅での生活の仕方を早く考え直す必要があるようだ。

最後に地球サミットにてカナダの少女が発言していた言葉。

「戦争に使われるお金を全て地球の環境を守ることに使ってください。もう、地球の直し方も分からないのに、地球を壊す行為はやめてください」
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EXCERPT:

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