【東日本大震災】自衛隊員に少女から送られた手紙

平成23年東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)は多くの死傷者・行方不明者が出る惨事となりました。また、多くの人が津波の浸水などの被害や地震により他の街から孤立し救助を待ち続けていました。そうした行方不明者や被害者のご遺体の捜索に多くの自衛隊員が懸命に努めていました。
宮城県石巻市にある石巻市立大川小学校でも多くの児童が行方不明となり、ここでも自衛隊員らが行方不明者の捜索がされていましたが、その自衛隊員に少女から以下のような手紙が送られたそうです。

じえいたいさんへ。
げん気ですか。
つなみのせいで、大川小学校のわたしの、おともだちがみんな、しんでしまいました。でも、じえいたいさんががんばってくれているので、わたしもがんばります。
日本をたすけてください。
いつもおうえんしています。
じえいたいさんありがとう。
うみより

東日本大震災 自衛隊もう1つの最前線 (毎日ムック)
東日本大震災 自衛隊もう1つの最前線 (毎日ムック)

子供にここまで言わせてしまう哀しい出来事が被災地では起きました。
被災地は必ず復興します。
今一度、日本中の皆が協力していきましょう。

※日本赤十字社は東日本大地震の募金を9月までしています。引き続きご協力をお願いいたします。
募金情報まとめ – 平成23年東北地方太平洋沖地震 http://htn.to/vcNKMi / はてなブックマーク http://b.hatena.ne.jp/entry/sites.google.com/site/quake20110311jp/bokin 平成23年東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)
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【日本赤十字社】寄付・献血・ボランティア|東日本大震災義援金を受け付けます
【日本赤十字社】寄付・献血・ボランティア|東日本大震災義援金を受け付けます

大川小の行方不明者捜索自衛官に勇気を与えた小学生の手紙 (NEWS ポストセブン) – Yahoo!ニュース大川小の行方不明者捜索自衛官に勇気を与えた小学生の手紙 (NEWS ポストセブン) - Yahoo!ニュース

 石巻を襲った津波による最大の悲劇の一つが大川小学校の壊滅だった。石巻市立大川小学校は、児童108人のうち74人が死亡または行方不明となった。学校周辺や校舎内では、自衛隊による必死の不明者捜索が行なわれ、瓦礫や汚泥が取り除かれた。そして震災から約1か月後。

「すいません!」

 4月6日、大川小学校近くの追波川河川運動公園に設けられた宿営地内を歩いていた第14戦車中隊(岡山)の石井宣広3曹は、突如、背後から声を掛けられた。

 その可愛らしい声の主は、ワンピースを着た小さな女の子だった。少女は、振り向いた石井3曹にこう言った。

「これ、読んでください……」

 石井3曹に封筒を渡した少女は、名前も告げずに走り去っていった。少女は、母親と思しき女性の運転する車でやってきて、偶然近くを歩いていた石井3曹に手紙を渡したのである。

 そこには、覚えたてのたどたどしい文字でこう綴られていた。

〈じえいたいさんへ。
 げん気ですか。
 つなみのせいで、大川小学校のわたしの、おともだちがみんな、しんでしまいました。でも、じえいたいさんががんばってくれているので、わたしもがんばります。
 日本をたすけてください。
 いつもおうえんしています。
 じえいたいさんありがとう。
  うみより〉

 石井3曹は込み上げるものを必死で堪えた。

「胸がいっぱいになりました……。あの頃は、発災から1か月が経とうとしており、疲れもたまっていたのですが、あの手紙で、『明日からも頑張るぞ!』と皆、勇気が湧いてきたのです。そして自分たちのやっていることが人々のためになっているんだ、とあらためて認識しました」

 その後、この手紙は第14旅団長・井上武陸将補の陣取る女川の指揮所に届けられ、たちまち各派遣部隊に伝わった。

 井上旅団長は言う。

「手紙を見た時は、もう体中の血が逆流するほどの思いでした。『よし、どんなことがあっても全員を捜し出すぞ!』という思いが漲ってきましたよ。うみちゃんは、どんな思いでこの手紙を書いてくれたんだろうと思うと……」

 少女が自衛隊に寄せた『日本をたすけてください』という切実な祈りに全員が奮い立った。中には、手紙のコピーを手帳に挟んで災害派遣活動に励む隊員もいた。同県利府町の加瀬沼公園に宿営地を設営した北海道の第1高射特科群のある中隊指揮所にも、この手紙のコピーがボードに貼り付けられた。

 東日本大震災から49日目にあたる4月28日、飯野川第二小学校の体育館で、大川小学校の犠牲者の合同慰霊祭が営まれた。祭壇には74の可愛らしい児童の顔写真が並んだ。その中には、いまだ行方不明の6人の児童の写真もあった。

 その間も、第14旅団の隊員たちは、うみちゃんの手紙を胸に、行方不明の児童を捜し続けていたのである。

※SAPIO2011年8月17日・24日号

人命救助2万人、遺体収容1万体 自衛隊の災害派遣の実績 | ニコニコニュース人命救助2万人、遺体収容1万体 自衛隊の災害派遣の実績 | ニコニコニュース

 10万人という史上空前の規模で実施された東日本大震災での自衛隊の災害派遣。任務を終了して被災地からすでに撤収した部隊もある。ここで、これまでの自衛隊の実績を振り返っておこう。

【東日本大震災での自衛隊災害派遣活動実績】(2011年3月11日~7月1日)

〈人員〉 のべ約981万4000名
〈航空機〉 のべ約4万6300機
〈艦艇〉 のべ約4560隻

〈人命救助〉 1万9286名
〈ご遺体収容〉 9500体
〈給水支援〉 3万2984トン
〈給食支援〉 471万5453食
〈入浴支援〉 97万2293名

※SAPIO2011年8月17日・24日号

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