2年前に臓器の移植に関する法律が改正されて以来、初の15歳未満の子どもが提供者の脳死移植は2例目、6歳未満では初となる脳死移植が行われ、心臓、肝臓、腎臓が移植を待つ患者に提供されました。
テレビや新聞などは一斉に大々的な報道をし、今も社説などで社会的な反対や議論が尽くされていないといった内容で書き立てています。
以前、脳死移植が描かれた映画「僕の初恋をキミに捧ぐ」を見ましたが、この中で20歳まで生きられないと言われていた心臓病の男の子がようやくドナーが見つかり移植手術が行われる事になりましたが、脳死した男の子の親が手術前日に拒否をしたのでした。
脳死の患者は生きているかのように呼吸をし痙攣のように手を動かしたり涙を流したりします。
15歳以下ではありませんが、脳死したからといって、自分の子どもの臓器を他人に提供しようというのは、なかなか出来るものではありません。
中日新聞などの社説で、慎重な取り組みをすべきだという内容に対し「今までも考える時間はあった」「いつまで考えるのか」といった、反発の声も出ていますが、
脳死という人の死をどのように決めるのかという事柄において、外野が『ルールができたから従え』という論調は危険であり気を付けないといけません。
【はてなブックマーク – 中日新聞:幼児の脳死移植 立ち止まって考えたい:社説(CHUNICHI Web)】
もちろん、臓器移植を待つ患者が多く、子どもの場合大人の臓器ではサイズがあわないから、15歳以下の子供でも親の承諾があれば脳死移植が出来るようになったのは画期的です。
ただし、子供は臓器提供の意思を表明できないし、虐待の懸念もありうる以上、大人以上の慎重な議論や配慮、そして6歳以下の脳の回復力を考えれば脳死判定が必要となります。
日本では臓器移植は慎重な導入であり、海外での臓器移植が出来なくなることも予想されることから、11歳未満の子供への心臓移植は東京大医学部付属病院、大阪大医学部付属病院、国立循環器病研究センター病院の3病院に限定されているといった状況からさらに多くの病院で移植ができるようになるべきです。
また、マスコミは情報開示が健全な脳死移植に欠かせないという締めくくり方をしていますが、プライバシー保護の問題は守られねばなりません。
iPS細胞やES細胞といった再生医療の研究が進んでいますが、それが現実に人間に行えるようになるには更に時間がかかります。
移植を待つ子供のために、脳死の判定方法や判断基準、さらには脳死患者の親御さんへの脳死移植の伝え方やケアについて、今現在できる事を考え議論し続けるのが必要ではないでしょうか。
【中日新聞:幼児の脳死移植 立ち止まって考えたい:社説(CHUNICHI Web)】
六歳未満児の脳死による臓器移植が行われた。悲しみの中で提供を決断した両親の思いと移植しか治療法のない人の苦しさを受け止めながら、なお立ち止まって考えたいことがある。
六歳未満の男児が、臓器提供のために初めて法的に脳死と判定された。心臓と肝臓はそれぞれ十歳未満児に、腎臓は六十代女性に移植された。
わが子の悲劇に深い悲しみを抱えながら、脳死を受け入れ提供を決断した両親の思いを重く受け止めたい。
一九九七年に施行された臓器移植法は脳死からの臓器提供には書面による本人の意思表示が必要で、十五歳以上に限られていた。
臓器移植を進めるため二〇一〇年施行の改正法では、意思表示がなくても家族の承諾があれば脳死からの臓器提供が可能になった。年齢制限もなくなった。
この二年で十五歳以上の提供は八十九例と改正前より増えた。十五歳未満は昨年に続き二例目だ。
日本臓器移植ネットワークによると十五歳未満で移植を待つ患者は七十九人いる。移植しか回復を望めない患者や家族の事情を考えれば命のリレーの意義は大きい。
一方で、脳死を人の死とすることに心の引っかかりが消えない人も少なくない。脳死では患者は温かいし心臓は鼓動している。
この問題は宗教観にもかかわり、医療での尊厳死や安楽死という問題にもつながる。
本人の意思表示なしの提供は、自己決定権がないがしろにされないか不安が残る。六歳未満児は提供への意思を形成しているとは考えにくく違和感がぬぐえない。
同時に本人に代わり決断する家族の心理的負担も大きい。提供を決めて初めて脳死判定に入るため生の終わりを家族が決めることにもなりハードルは高い。医師もどう移植を切り出すか悩んでいる。
脳死による臓器移植をどう受け止めるか、一人一人が考えるしかない。それには情報が必要だが、十分とはいえない。
治療は尽くされたのか、医師と移植ネットはどう患者・家族と接したのか、家族が決断したりみとる十分な時間はあったか、その後の家族へのケアの実態はどうか。昨年の十五歳未満のケースについても知りたいことは多くある。年齢すら公表しないのでは、問題を自分のこととしてなかなか受け止められないのではないか。
こうした情報なしにこの問題と向き合うことはできない。
【【6歳未満脳死判定】判定時間4倍 小児の移植、慎重な手続き – SankeiBiz(サンケイビズ)】
改正法の大きな狙いの一つは、大人の臓器では大き過ぎて移植が難しい子供の患者を救うことだ。臓器提供者が出ない上、移植を待つのに欠かせない子供用の「補助人工心臓」が国内で承認されていないこともあり、海外での移植を希望する子供は後を絶たない。
ただし、子供からの移植手続きは、大人以上に慎重に行う必要がある。子供の高い回復力や虐待の懸念に加え、子供では心停止までの期間が100日を超える「長期脳死」と呼ばれる例も指摘されるからだ。
そのため15歳未満の子供からの臓器提供を行えるのは、国の臓器移植のガイドラインで定められた大学付属病院や日本救急医学会の指導医指定施設、小児専門病院などのうち、小児の虐待の有無を判断する体制が整えられた施設だけだ。
さらに、11歳未満の子供への心臓移植は、高度な医療が必要となるため、東京大医学部付属病院、大阪大医学部付属病院、国立循環器病研究センター病院の3病院に限定されている。
【子どもの脳死移植 透明性をどう高めるか – 社説 – 中国新聞】
日本臓器移植ネットワークに心臓移植を希望して登録する10歳未満の子どもは5月1日時点で10人。ほかに肺、肝臓、腎臓の移植を待つ子どもが延べ30人いるのが実態だ。
法改正は世界保健機関(WHO)が「自国内での臓器移植の完結」を求める指針を採択するなど、海外で移植を受けることへの批判も踏まえていた。だが現実には国内での子どものドナー(提供者)は、なかなか現れなかった。それだけに、今回のケースを将来にどうつなげていくかが問われてこよう。
「誰かの体の一部となって、長く生きて」という男児の両親の決断には敬意を表したい。ニュースに接して、わが事に引きつけて考えた家族も多いのではないだろうか。
とはいえ幼児の脳死判定や臓器の提供には長らく反対がある。いまだに社会的な議論が尽くされていないとの指摘もあることを忘れてはならない。
その背景の一つに、幼い子の脳死判定の難しさがあろう。子どもの脳はダメージからの回復力が強い。6歳以上の場合は2回の検査の間隔を6時間以上空けて判定するが、今回のような6歳未満では間隔を24時間以上とし、より厳しくしているのもそのためだ。
一方で「脳死状態」と診断されてから心停止するまで1カ月以上経過するケースも報告されている。何よりドナーが幼児の場合、本人の意思確認が困難であることは言うまでもない。
男児を脳死判定した富山大病院は「慎重の上に慎重を重ねた」と強調している。外部からの小児救急医と集中治療医の2人を交え、厳密に実施したという。万全を期して臨んだ姿勢がうかがえる。
それでも十分な検証がやはり必要だろう。プライバシーに配慮するのは当然だが、脳死判定から臓器提供に至るプロセスを、関係機関はこれまで以上に詳しく開示してほしい。透明性を図ることが移植医療への理解を深める手だてとなるはずだ。
【社説:小児脳死移植 検証と支援の両立を- 毎日jp(毎日新聞)】
6歳未満の男の子が脳死と判定され、心臓、肝臓、腎臓が移植を待つ患者に提供された。2年前に臓器移植法が全面改正されて以来、15歳未満の子どもを提供者とする脳死移植は2例目、6歳未満では初のケースとなる。
改正前の臓器移植法では脳死の子どもの臓器は提供できず、小さい臓器を必要とする子どもへの脳死移植は国内ではできなかった。
今回、心臓と肝臓は大阪と東京でそれぞれ10歳未満の子どもに提供された。改正臓器移植法のねらいのひとつである子どもの脳死移植の可能性が広がったことになる。
ただし、これで、子どもの移植が進むと思うのは早計だろう。ハードルはいくつもある。
まず、親が子どもの脳死を受け入れることの困難さがある。虐待で脳死になった疑いを慎重に排除する必要もある。子どもは脳の回復力が強く、脳死判定に慎重にならざるを得ない面もある。6歳未満は大人の脳死判定より厳しい基準が義務づけられているものの、現段階では不十分として、6歳未満の脳死判定を実施しない病院もある。
こうした状況の中で、子どもの脳死移植を定着させようとするなら、解決すべき課題がある。情報公開に基づく検証と、家族の支援の両方をあわせて行うことだ。
今回、脳死と判定された男の子は事故による「低酸素性脳症」とだけ公表されている。脳に十分な酸素が行かなくなった状態だが、何が原因かは明らかにされていない。
家族がどういう状況で臓器提供を希望したのか、どのような説明がなされ、何を決め手に決断したのかもわからない。提供者の情報や移植の経緯は日本臓器移植ネットワークが説明するが、「提供者のプライバシー」を理由に、非常に限られた情報しか公開されないのが実情だ。
昨年4月に実施された10代前半の男子を提供者とする脳死移植でも、移植ネットは限られた情報しか公開しなかった。その後の検証も十分とは思えない。
もちろん、プライバシー保護は重要だ。しかし、情報を公開し公正な検証をすることが脳死移植の信頼性を高めるためには欠かせない。移植ネットはそうしたメリットも患者家族に説明し、理解を求めてほしい。
臓器提供した病院が子どもの脳死判定の難しさをどう克服したのか。その検証も必要だ。
同時に、臓器提供するにせよ、しないにせよ、子どもの脳死に直面した家族を支援する体制を整えることも大事だ。そうした積み重ねがあってこそ、移植医療への理解が進むのではないだろうか。
【幼児脳死移植 情報公開が信頼の道だ(6月17日)-北海道新聞[社説]】
厚生労働省の指針では、判定は2人以上の医師で行うとしているが、今回は3人が担当。さらに外部から小児科医2人が立ち会った。
病院側が慎重に手続きを進めようとした努力はうかがえる。
しかし、それでもなお気がかりな点が多い。男児が回復の見込みがないと判断した理由などの情報を家族にどのように伝えたのか。
医師やコーディネーターから臓器提供への誘導はなかったのか。子どもを失った親に冷静に判断してもらう配慮を十分に尽くしたのか。
6歳未満の幼児は脳の回復力が強く、2回行う脳死判定の間隔を大人の4倍の24時間とするなど厳格だ。
専門家の間ではそれでも正確な判定ができたか、疑問視する声がある。根拠となったデータが公表されなければ不信感を払拭(ふっしょく)できまい。
厚労省は家族の承諾を得られた場合のみ、脳死や移植に関する情報を公表する方針を決めている。
もとよりプライバシーは保護されねばならない。だが、移植が適正に行われたどうかを検証するには、一連の経過の公開が欠かせない。
脳死移植そのものに、慎重な見方がある。透明性が確保されなければ、社会の信頼は得られまい。できるだけ詳しい情報を開示すべきだ。
国民それぞれが自分のこととして考えるのに有用な情報にもなりうるはずだ。
世界保健機関(WHO)は2010年に移植は自国内で完結すべきだとする指針を定めた。渡航しての移植は難しくなっているのが現状だ。
子どもが脳死になるケースは大人に比べ少なく、判定も難しい。移植以外の治療の選択肢も増やしてゆかねばならない。
その一つに、さまざまな臓器や細胞を作り出せる人工多能性幹細胞(iPS細胞)や胚性幹細胞(ES細胞)などを活用する再生医療がある。実用化に向けて課題はあろうが、研究をさらに進めたい。