「風早(かざはや)」の少年期

はじめに・・・

以下の作品は、Tomoの父が生前に友達達と「小説を作って読みあう」遊び(?)をした際に書かれた物で、内容は父の幼少時期の事が書かれているようです。

内容や文章にあった誤りをTomoが添削する程度で、殆どの文章に関しては、Tomoの父の最初で最期の作品です。

宜しかったら読んでやってください。
B4の紙に10枚程度ありました。

これから少しずつ公開される予定です。

「風早(かざはや)」の少年期

※風早は北条地方の昔からの呼び名である。

1.
寝つきが悪く、布団から起き上がって、腹の虫を抑えるために台所まで行き、水を一息に飲み干した。
台所から出ると、廊下の突き出たガラス窓から、灯台の明かりが休みなく目に入って眩しく感じた。

僕は廊下の窓を開けて、ベランダ越しに港を見つめてみると、周りはひっそりとしていて、灯台の明かりが港の海辺に輝き、貨物船や和船が・・・。
春祭り前夜の大漁旗が賑やかそうに靡(なび)いて、所狭しと船は繋がれていた。

 

「祭りの前の休息」。
僕は大きく息を吸い込み、寝床に入り・・・。

 

目を覚ますと、今日は北条の春祭りだというのに母ちゃんは仕事に出かけていた。

小さなミカン箱の上に、十円札二枚とアルミ缶の弁当箱が置いてあり、手紙も添えてあった。
祭りの弁当は何時の間に作ったのか?
弁当の蓋を開けてみれば、暫く食べたことのない玉子焼きにカマボコが仲良く並び、ニギリ飯も入っていた。

昨夜の静けさから、ベランダに上がって見ると、鐘の音が小気味良く鳴り響くのを聞き、港の廻りには見物客の列が出来ていて、着物姿の夫婦の父親が肩車して、子供の手は拍手を送りはしゃいでいた。

春祭り

父親は、しっかりと子供の足を持っていた。

早く僕も着替えて、見物客の中に入って見たかった。
でもベランダからの眺めの方が一望できた。

 

続く・・・


Tomo:
Tomoは松山の生まれですから、父の生まれた北条の事は良く知りません。

だから、この北条の春祭りが良くわからないのです。

「父が子供を肩車している様子」が描かれているのは、父の父は2人いて最初の人は父が生まれてまもなく、亡くなっていたのだと思います。(このことを生前語っていないので、よく知りません。)

父は子供心に、父親への愛情の念を抱いていたのではないでしょうか。
—–
EXCERPT:

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「「風早(かざはや)」の少年期」への2件のフィードバック

  1. 改めてじっくり読んでみました♪
    これはノンフイクションだったのですね!!
    続き楽しみにしております♪(o^O^o)ノ
    挿絵も味がとってもあって素敵♪

  2. う~ん、多分ノンフィクションです。

    父に聞かされた話がいっぱい出てきます。
    しかし、今となっては判らないところもあったり。

    また続き書いてみますね。

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